まず始めに

大変失礼な出だしなのだが・・・・・・

九州地方にある宮崎県、この県名を聞いてどんなことを連想するでしょうか?物凄い大変失礼なことを申し上げるのですが、宮崎県って一体何があるんだろうということをまるで把握することが出来ないほど、影が薄い印象があります。筆者は九州地方には実は一度も旅行などで訪れるといったことをしたことがないため、ということもあると思います。鹿児島には中学時代の修学旅行の際に空港だけには降り立ったという、なんとも微妙な体験だけをしているに過ぎません。それでも宮崎県といえばということを聞かれたら正直答えに困ってしまいます。もちろんそのほかの県などでも同様のことが言えるだろうとは思いますが、何かしらな印象があってもいいと思います。もちろんその印象が正しいものなのかどうかは置いておくとしても、基本的な知識や世間的な情報などで宮崎県は何が一番有名なんだろうかというのは答えるのは少し無理があるかもしれません。

九州地方の中でそれまで知られることがなかった宮崎県と島の端っこに位置している佐賀県は非常に印象が薄いといっていいかも知れません。悲しいことなんですが、これは外部にいる人間だけでなく内部、つまりは在住している人達もいざ自分達の県に対してどんな印象があるのかといわれたら答えが詰まるという感じらしいのです。そういうわけで宮崎県にある印象というものを少しまとめてみました。

  • 巨人軍のキャンプ地
  • 地鶏が美味い
  • 宮崎マンゴー
  • フェニックスという名の木
  • 民法チャンネルが少なく、また放送時期もかなり遅い
  • 交通の便が中心街でもあまりよろしくない
  • 1/128の確率で小判が採掘される

上記のようなところでしょうか。何というかあれです、非常に印象の薄いものばかりとなっていることだけは確かとなっています。あんまりにも印象がないので仕方ないので弄っていくことにしましょう。

そういうわけで最初にまずは巨人軍のキャンプというネタでしょうが、それがどうしたといわれてしまえばもはや立つ瀬もないといったところとなってしまいます。そもそも巨人軍のキャンプ地だからといっても、今プロ野球というものは全盛期時代と違って人気も落ちてしまっているのでその影響も無きにしも非ずかもしれません。

次に紹介した地鶏ですが、食ですね。ただ宮崎県の地鶏というものについては中々その分野ではそれなりに評価を得ていると言われています。ただ一時期口蹄疫が流行ってしまったために悪い意味で話題をさらうこともありましたね。今になって考えてみると何かしらの情報で宮崎県という単語を聞いている機会はあるのかもしれません。この口蹄疫という問題に関してもそれなりに大きく取り上げられてたいたので、無関心という言葉に苛まれやすい人であったとしてもこの話題は一度は聴いたことがある人がいると思います。

次に宮崎マンゴーというものですが、どうしてマンゴーなのでしょう。根本的に、そもそもどうしてマンゴーというものを名産品としようとしたのかについては別段文句などはないですが、疑問に思うところではあります。ただマンゴーを育てるに関しては宮崎県の気候というものは最適なのかもしれません。宮崎県の気候というモノは一年を通して非常に温暖な気候となっているので通年を通して暖かな毎日を送ることが出来るようになっています。そんな中であるならマンゴーを育てることも可能なのかもしれません。それもそうです、宮崎のこうした土地の特性を用いてマンゴーを件の名産品としていこうという政策等も一時期か活発的に行われていましたは、現在の状況を考えるとそこまで流行になったのかと聞かれたら微妙なところかもしれません。

極めつけは県木として認定されている『フェニックス』というものに関してですが、別にこの木を燃やすことによってその燃え盛る火の中から幼鳥が誕生することになるといったことはありません。単純に温暖な環境であるところなら生育する事の出来る木として宮崎県では非常に適した植物であるということでしょう。

あと三つ挙げましたが割愛するとしても、最後の小判が発掘されるという情報はどこから来たでしょうかね。発掘されることになる小判の発見率の確率も天文学的な数字ではなく、パチンコなどにおける大当たり確率並みなことになっているところを考えると、これについては信憑性という言葉からは縁遠い話かもしれませんね。

ただ交通の便が悪いというのは、多少なりともどんな地域においてもあるだろうというものの用に思われていますが、宮崎県の場合にはその他の一般的に想像できるような交通の便が悪いという意見とは少し異なっているようです。電車やバスは中心街となっている宮崎市においても本数は以上に少ないというのが定評だったりします。嫌な風評ですね、こうした県内事情もあってか宮崎県に住むとなったらどうしても来るまでの移動手段をキチンと用意しておく必要があります。不便ですね、宮崎県って。

特徴がないことは認めるとしても

そんな宮崎県の特徴という特徴は色々と探してみましたが、現在における宮崎県といえばというものはほとんど悪評やマイナス点が露呈しているので何とか持ち直せるものはないだろうかという話をするのであれば、やはり天孫降臨という話にならないことにはダメかもしれません。天孫降臨といえば日本神話の中でも中々印象的な話となっています。高天原を統治している天照大御神の孫に当たる『ニニギノミコト』が天照大御神の名によって葦原の中つ国を統治するために降りる際に生じたことになります。

そしてこのニニギノミコトが天孫降臨した場所こそ、現在の宮崎県が位置している『高千穂峰』付近だったと考えられているのです。神話なんだから所詮そんなもの御伽噺だろうと思う人もいるかと思いますが、このニニギノミコトという存在は実は天皇家と深い関わりがあるのです。何故なら実在していたかどうかという点において疑問視されていますが、日本の初代天皇として祀られていた『神武天皇』がこのニニギノミコトの子孫であると考えられているからです。だからこそ日本における天皇家は神の力を備わっているということで偶像崇拝の象徴として崇められていたのです。今では完全にシンボルという意味合いとなっている天皇家ですが、第二次世界大戦まではその力は確かに日本の各地域に影響を与えられるだけは確実に持っていた事は確かだといえるでしょう。

廃藩置県によって無くなる前までの歴史として

今でこそそこまで知名度の高くない宮崎県ですが古代期の宮崎県、当時は『日向国』と呼ばれていましたが、7世紀中期以降においては律令制が誕生したことによって成立することになります。しかもその頃は国としての規模も現在とは違って宮崎県と鹿児島県の九州本土部分を含めたところまでと広域が国の領土として考えられていました。その後鹿児島と色々と揉めることになって分立することになるなどの問題も噴出しましたが、713年から明治時代初期までの間に日向国にとっての領土としては『臼杵郡・児湯郡・宮崎郡・那珂郡・諸県郡』の5つを基本として変化が生じないように取り組まれていました。但し、米良・椎葉地域においては肥後との間においては近世初期まで曖昧であったために、領域の変化があることにはありました。

そんな中でこの日向国は『五都八院』と呼ばれている呼称が存在しており、所期の五都における行政区画と、真幸院・三俣院・穆佐院・新納院・飫肥院・土持院・櫛間院・救仁院の八院における租税区画に分けられて統治されていました。

ただそんな日向国も歴史の憂き目によって廃藩置県によって力を骨抜きにされてしまうことになってしまいます。

廃藩置県以降の宮崎県

廃藩置県が施行されたことによって日向国に『延岡県・高鍋県・佐土原県・飫肥県』を設置されることとなりますが、1871年には府県合併の流れを受けることによって美々津県・都城県に再編されると、2年後には日向国があったところの領域に現在の形となる宮崎県が設置されることになります。但しこの宮崎県も後に待っているのは鹿児島県へ合併されてしまうというどうしてこうなったという状況に陥ってしまいます。これは当時の宮崎県がまだまだ県としては規模が小さいということもあって、それよりも鹿児島県に統治されたほうがまだいいだろうと判断されたのかもしれません。とりあえず言える事は、何かと残念な感じがしますね。

宮崎県の再設置から現代まで

それから数年の間は宮崎県は鹿児島県の領域の1つとして統合されていましたが、その後西南戦争が巻き起こった戦後において鹿児島県が薩摩と大隅の復興を優先したことで反感を買う結果となり、これがのちに宮崎県の再設置へと繋がることになります。正式に再設置が認められるようになったのは1883年のころになり、この頃に誕生した宮崎県こそ現在の宮崎県となっています。その後は宮崎県も鉄道開発などが行われるようになり、激動の昭和初期、中期と戦前と戦後の時代を駆け抜けることになりますが、そんな歴史において最も注目を集めるような出来事が宮崎県に起こりました。

それは天皇の家系に連なる、昭和天皇の娘である『島津貴子』さんと、その夫である『島津久永』さんの二人が宮崎県へと新婚旅行に出かけたことで、『新婚旅行に行くなら宮崎県!』とばかりに部^無を巻き起こすようになりました。住むということになると少々不便に感じることもあるかもしれない宮崎県ですが、観光目的という名目であるのならある意味穴場スポットなのかもしれません。

その後は順調に高速道路の開発等を持って交通の便もそれ以前の時代と比べたら普及することになりましたが、まだまだ住んでいる人の利便性に跳んでいる待ちになっているとは言い切れない状況が継続しているのかもしれません。史実として考えた場合においてはそれなりに古い歴史を持っている宮崎県ですが、結局そういう歴史などを重視したような取り組みなどが行われていないなど、市民として生活することになった場合における状況は改善していかないと、ある意味この県で住むのならそれなりに勇気がいるかもしれません。

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